テト賞与、払わなかったらこうなった

コスト

今年も残すところあと1か月、駐在員の皆様は新年はどちらでお迎えでしょうか?

正月三ケ日が休みの日本とは異なり、2日から仕事という駐在員の方が多いのではないでしょうか?

私もその仲間です。

(最近は日系大手で日本に合わせた正月休みをカレンダーで定めている会社も多いようですが。)

 

さて、ベトナム人にとってお正月≒2月のテト休暇です。

中国同様、旧暦を採用しているので新年が1月1日ではありません。

テトの時期、例年1週間程度はベトナム法人がお休みになるので日本への一時帰国という駐在員の方が多いですね。

ただ、テト期間は日本が稼働中、会議や報告会に出席させられる事がほとんどと思います。

こういった不満は、昨日のブログにも書いてあるので宜しければどうぞ。

 

今日はタイトルにあるとおりの内容です。

テト賞与、払わなかったらこうなった

結構、駐在員の方からすると気になる内容ではないでしょうか?

過去には法律で定められた「13か月目の給与」としてのニュアンスが強いテト賞与ですが・・・

何を隠そう、昨年は弊社支給してません・・・

何故なら、昨日のブログのように本社と揉めたからです。

 

では、下記のようなチャプターに沿って、お話します。

【目次】

 

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1.本社からの通達「賞与は支給なし」

駐在して約半年が過ぎたころの話です。

ベトナムの会計制度や社会保障制度などを、本やセミナーで自分なりに勉強していた頃、頻繁に「テト賞与」や「13か月目の給与」という単語に出会うようになりました。

 

「なるほど、旧暦の社会ということで、故郷へのお土産を買って帰るのに、お年玉のようなニュアンスで会社が賞与を支給するのか」

「基本は給料の1か月分か。。それで13か月目の給与という言い方なんだな。」

と、自分なりに納得していました。

 

当時、弊社は従業員の数も少なく、1か月分の給与といっても大した金額ではありませんでした。

本社との電話会議の際、この内容を報告します。

今思えば、私の「賞与」という単語の選び方がマズかったですね。

本社:「利益どころか大赤字なので、賞与の支給は論外」

という結論になりました。

 

その頃、私はテト賞与の重要性を知りませんでした・・

 

 

2.全体朝礼での発表

テト休みの1週間ほど前に、全体集会を開催しテト賞与不支給の旨を全社員へ伝えました。

その時点では、特に騒ぎ出す社員も居なかったので、「まぁ、こんなもんか。特に問題ないようだな」と一人で密かに安心してました。

 

しかし、集会から2時間ほど経過したAM10時頃、スタッフから1本のメールが入ります。

 

「社長、申し訳ないけど、ワーカー達は納得出来ていないようです。どうしても社長と直接交渉したいと言ってるが可能ですか?」

 

・・・

やはりそうなるか・・・

「構わない。ワーカーの好きな時間に来てくれ。話し合いに応じよう。」と伝えました。

 

文面こそ落ち着いていますが、内心は心臓バクバクでした。

「話し合いと言うが、平和的に済むのか?」「武器など持ってきやしないか?」など、悪い予感が次々に頭に走ります。

この時、会社に日本人は私一人。最悪の自体が起こった場合は、アウトだなぁ・・と変なことも考えました。

 

 

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3.ワーカーによる直訴

昼前の11時頃に、ワーカー達は管理棟の事務所へやってきました。

この時、思っていたような敵意・殺意は彼らからは微塵も感じれませんでした。いささか拍子抜けした感はありますが、少し安心したのは事実です。

 

彼らを会議室へ案内し、一同着席しました。

代表者1名が「シンチャオ!」と

私に一礼し、労働争議のミーティングが始まりました。

 

通訳を介しての情報だと、

「私たちは一生懸命に働きました。」

「与えられた仕事を黙々とやりました。会社が赤字なのは分かります。ただ、私たちはベストを尽くしました。」

「どうか考えを改めて下さい。」

こんな感じでした。

 

彼らの意見はもっともでした。

逆の立場なら、同じ主張をしていたと思います。

会社の赤字はワーカーには関係ない。

本社の経営に責任があるのは自明でした。

 

しかし、雇われ駐在員として職務を行っている以上、本社の意向と異なる意思決定を独断で行うほどの勇気も当時の私にはありませんでした。

 

結論、どうしたか・・・気になる点ですよね。

このミーティングは割と短時間で終わり、彼らは「あまり長く仕事を止めると生産に差支えが出るので、これで業務に戻ります。」と紳士的に会議室をあとにしました。

この姿勢には涙が出そうでした。

自分が同じ立場なら、あんなに紳士的な行動がとれただろうか・・・

 

翌日朝一番、再度ワーカー全員を集め彼らに(雇われとはいえ)社長としての結露を言い渡しました。

「皆の気持ちはよく分かったし、皆がとても真面目に仕事してくれてるのには大変感謝してる。ただ、本社の決定は変えることが出来ない。しかし、給与1か月分ではないが、これを私の気持ちとして受け取って欲しい。」

そう言って、私はワーカー全員の前に1枚ずつ1万円札を置きました。

「皆の給与の半分くらいしかない。足りないと不満を持つ気持ちは分かる。ただ、これが今私にできる精一杯だ。受け取るのも受け取らないのも自由だ。テト明けに会社に戻って来なくても、別に構わない。会社とは関係のない、私個人からの気持ちだ。」

と説明しました。

 

困惑した様子でしたが、少し間を開けて・・

「ありがとうございます。」

「来年は、ちゃんと払ってもらえるようにもっと頑張ります。」

という言葉を聞くことができました。

 

またしても涙が出そうでした。

彼らに対して申し訳ない気持ちで一杯でした。

ポケットマネーからの支出で、予想外の出費でしたが、それよりも申し訳ないという気持ちが強かったです。

 

 

4.そして、テト後・・・

テト休みの最終日に、私はベトナムに戻りました。

翌日会社に行ったら、誰も従業員が居ない・・

なんて可能性も大いにあると考えていました。

今でも覚えていますが、色々な夢を見ました。

「会社に行ったら、資材が大量に無くなってる。」「設備が破壊されて廃墟になってる。」「誰も会社に来ない。」など

 

不安で胸が張り裂けそうな中、朝7:30頃に出社し、いつものように掃き掃除に取り掛かりました。

10分ほど経った頃、1台のバイクが入って来ます。

現場スタッフのバイクでした。(ワーカーの事ばかり書きましたが、スタッフにもテト賞与は支給していません。ポケットマネーからの支出もスタッフには行っていませんでした。)

「シンチャオ!」と挨拶してくれて、工場の鍵を開けに行く彼の姿を見て少しだけ安心しました。

 

その数分後、バイクが続けて入って来ます。

ワーカー達でした。

幸い、テト明け直後に退職するワーカーは一人も居ませんでした。

 

最終的にテトの雰囲気もすっかり終わった4月の頭に、2人ほど退職願を持ってきましたが、ほとんどのワーカーは残ってくれました。

この件に関して、本社は一連のやり取りを知りません。

「なんか、揉め事があった。数万払ったら解決した。」程度の認識しかしてないでしょう。

 

まぁ、別に仕方のないことです。

駐在員の役割は、「現地法人をいかに機能させるか」という1点のみと私は考えているからです。

 

当時は死ぬほど苦労し、悩みましたが、ベトナム人に対する見方が変わったのは事実です。

「なんとか、彼らに少しでもいい生活をさせてあげたい。」

「出来るだけ長く、うちで働いて欲しい。」

 

そう考えるようになりました。

 

纏めますと、テト賞与は必須と考えた方がいいです。

後から知ったことですが、テトに故郷へ買って帰るお土産の量は、一族の中でのメンツに直結するそうです。

彼らがあの1万円札をどう使ったかは知りませんが、あれで彼らのメンツが立ったなら、私は満足です。